いるいるこんな人

 こんな東大生いませんか?
 「どこの大学?」
 と聞かれて、なかなか言わない人。
 言いたくないのでしょうか?まずいことでも聞いてしまったのでしょうか?いいえ、実は言いたくてしようがないのです。
 言いたいけど、わざわざもったいつける。
 それはなぜか?
『東大です!とか言ったら、ひかれちゃうかも・・・だって東大は頭がいい人しか入れないから、自慢してるとか思われるし。』
 などと頭の中でいらぬ(笑)心配をしているのです。
 それでなんと答えるかというと・・・
いちおう国立です。」
 とかいうおかしな発言をしてしまうのです。ふつうに名前を言えばいいだけなのに。
 これは、東京大学のことを意識しすぎている証拠です。
 ぶっちゃけて言えば、みんな他人の出身大学なんてあまり興味ありません。東大と言われれば、すごいねとちょっと言うくらいでおわりです。
 それよりも、話しててその人がおもしろいか、たのしいか、のほうに注目しますよね。外見がいいか?というのもあるかもしれませんが(笑)
 でも、東大を強く意識していることはわるいことではありません人一倍の努力をしてやっと入ったという、人生の大成功体験なのです
 その人にとって、勲章のようなものです。トロフィーです。誇りに思っています。それは正しいです
 だから、『自慢してると思われちゃう』と心配するのではなく、堂々と自慢してください。それだけの価値があります。
 ただ、堂々とといっても、さらっと自慢してください。「東大だよ、すごいだろ?」くらいで(笑)
 そしたら、あとは学歴のことなどすっかり忘れて、ちがう話に盛り上がることになるでしょう、ナチュラルな流れで。
 へんに遠まわしに、『いちおう国立の四年制大学の東京にあるなんとかかんとか』みたいに言うと、余計に鼻につきます。
 明るくストレートに自慢しましょう(笑)もう一度言いますが、これは悪いことではありません
 東大の教授とか教務課の人にお金を払って無試験で入れてもらったのですか?代理の人を頼んで代わりに試験を受けてもらったのですか?
 違いますよね!
 あなたががんばったんですよね!
 だったら何も遠慮することはないではありませんか。がんばった人が報われるのは自然の摂理です。
 そうそう、アメリカでは、人にプレゼントをするときになんて言って渡すか知っていますか?
 「これは最高の品物です!」
 と言って渡すのです。一方、日本では、
 「つまらないものですが・・・
 なんて言います。こんなに違うものなんですね。
 あなたがあなたの学歴を誇りに思う。どこにも不都合はありません。
 もしそれが原因であなたから離れていく人がいたら、その人はあなたにとって必要ではありません。むしろ害悪です。ご自由に離れてもらってください。
 学歴に惑わされず、人間としてのあなたと付き合おうとする人が、あなたにとって有益な人です。どんどん輪を広げていきましょう。
 こんな話をすると、「東大に入っても無意味なの?」なんて思うかもしれません。いいえ、断じてそんなことはありませんので、ご安心ください。
 たとえば、剣道。剣の腕前を上げるだけが目的ではありません。厳しい鍛錬を通して、精神の修養をも同時に行う伝統の武術です。
 剣が強くなりたいという思いで日々練習をしている。でも、その過程で、知らず知らずのうちに心も強くなっていく。
 東大受験もそうです。東大に入りたいから勉強する。学力向上にともなって、精神力も伸びるのです。
 東大へ合格するための努力といったら、並大抵のものではありません。集中力、持続力、忍耐力などありとあらゆる精神力が、養われていくのです。
 こうして、人格的に優れた、文武両道の人間として成長していくのです
 これが、東大卒の人が社会で成功する理由です。
 大学で学んだことをそっくりそのまま社会人になっても使うという例は少ないです。では、大学に入った意味は?
 それが、これです。大学受験を通して培った基礎学力と基礎精神力。そのうえに大学生活をすることで、さらなる人格形成が行われる。
 その大学が東大ならば、あなたが身につける基礎力は人一倍ぬきんでることになります。
 だから、東大生であることを誇りに思うのは、その学力だけを自慢するのとは違います。人格が優れていることも含んでいるのです。
 アメリカの人のように、「わたしは最高の人格者です!」と言ってみましょう!周りの目を気にすることはありません。
 ・・・でもまあ、どうしても謙虚にしかできないというあなたは、普通に「東大です。」と答えておけば間違いないのではないでしょうか(笑)





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