ノーベルプライズ

小宮山宏学長が就任しました。その記者会見で、こんな発表もありました。
今年秋から、東大の1、2年生向けに、世界の最先端技術に焦点を置いた授業を開講するというものです。おもしろそうですね!
オムニバス形式で、第一回目の担当は、2002年にノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生です。
当時のあの受賞記者会見は、東大本郷キャンパスの講堂で行われたのです。
そのときぼくはちょうど実験で化学反応をさせていたのですが、友達からその情報を聞き、フラスコをほっぽりだして講堂へ急ぎました。(危険!)
だって世界の一流の賞ですよ!そしてそれを日本の東大の先生が受ける。しかも、その会見がすぐそこで今から開かれる・・・
これはいくっきゃないですね。研究室のほかのメンバーもそう感じたのでしょう、足早に実験室から出て行きました。
・・・遅かった!ドアの外まで人があふれてる。報道関係者らしき人の姿が見えます。大きな機材をかかえ、腕章を身につけています。
部屋の中はどうなっているんだろう。あれ、中はそれほど混雑していない。まだ若干の空席が残っているようです。
オッケー、無事に着席できました。さぁ、これからいよいよ小柴先生の登場です。でも実は先生をこの時まで知りませんでした。いや、正確には、忘れていました(すみません)
実は何年か前に、先生の講演を聞いたことがあったのです。やさしそうなおじいさんだなあという印象がありました。
その講演の冒頭で、先生は大学生時代の成績表を大写しでスクリーンに出していました。そこにのっているのは、ひどい成績です。
こんなに学校の成績が悪くても、情熱とやる気次第で、第一線の研究をすることができるんだ、というお話でした。
そんなこともすっかり記憶の引き出しの奥にしまわれ、「小柴先生ってどんな人だろう?」なんて思いながら座席で待っていたのです(笑)
その姿と声、話し方をみて、「あっ、あの時の先生だ」と思いました。
小柴先生はその時と同じように、おごらない態度で、素直に受賞の喜びを語っておられました。
最後に、質問や意見などを受け付ける時間がとられました。記者の人が研究内容などについて詳しく聞いていました。
何人かの質問が終わりましたが、まだ時間がありました。するとおもむろに、一人の女子東大生が手を上げました。
「わたしもとてもうれしい、ぜひまた話をきかせてほしい。」という内容の発言をしていたと思います。
どうしてわざわざ手を上げて立ち上がってそんなことを言うのだろうと、純粋に疑問に思いました。するとある友達がこういいました。
「あれ目立ちたいんじゃないの?」
確かにマスメディアの人たちもいましたし、それに菊川怜さんの前例もあります。しかもその女子学生は菊川さんと同じ工学部の学生でした。
いや、でもこんなところでアピールしてもしかたないんじゃ?本当に、小柴先生が好きで一言お礼を言いたかっただけなのかもしれません。
当の先生は、「孫娘のようでかわいい」と言ってよろこんでおられました。
それからしばらくして、小柴先生のノーベル賞受賞の記念碑が建てられました
本郷キャンパス、安田講堂の裏側にまわって、新1号館という建物に向かって少し歩くと、たどりつきます。
新1号館というのは、キャンパス内でもっとも背の高いビルです。安田講堂を追い越してしまったので、賛否両論がありました。
「東大のシンボルは安田講堂だ。」「新しい東大の時代をつくる象徴だ。」と。
結局は建造されて、いまもそびえたっています。真新しい外壁に、近代的な建築様式です。これが新時代の東大を表しているのですね!
そのビルの向かい側に、記念碑のある小柴記念公園がつくられました。もともとは木が2、3本生えていたくらいの何もない植え込みでした。
公園といってもたたみ数畳ぶんくらいのささやかなものです。これもほんとにささやかな小道が、記念碑のある中央付近まで続いています。
さて、その記念碑にはなにが書かれているのか・・・これはあなたがあなた自身の目で確かめてみてください
東大生のなりたいもの第1位は研究者です。そして研究者となったからには、ノーベル賞を意識しないわけにはいきません。
自分の足で行き、自分の目で見た、ノーベル賞受賞者の記念碑は、あなたの心の奥深くに小さな、そして無限の可能性を秘めた種を蒔いてくれることでしょう。
ほんとに、不可能なことではないですよ。ノーベル賞を獲得することも、そして青色ダイオードの中村教授のように億単位の大金を手にすることも!
おそらく一生あそんで暮らせると思いますが、そんなことをせず研究費として使うところに、研究者魂をみてとることができますね。
こんなことを考えたら、あなたも東大合格なんかで手間取ってはいられませんよ。ささっと受かって、その先のやりたいことを探しましょう
「ささっと、だって!?(怒)」
飢饉で苦しんでいる人は、東大どころではありません。農村で老後の余生を楽しんでいる人も東大なんかには興味はありません。
受験生という枠をとびだして、大きな視点でみると、東大に受かるかどうかなんてたいした問題ではありません。
「そんなことに、あくせくし、がまんし、成績に一喜一憂し、いつまでも執着し、無理してがんばるなんて・・・」
それがいいんです!
がまんもあくせくもして、無理も執着も一喜一憂もぜんぶして、もがきにもがきまくって悩みまくってみてください。
そして東大に受かった後に、「東大に受かったかどうかなんて、社会に出たら関係ないよ」とスラッと言えるようになってください
あなたは東大に合格するためにものすごい努力をしました。だれもそれを否定することはできません。
それを確かにふまえたうえで、東大受験なんか目じゃないくらいでっかいことをするんだ!と言いたくなる日がきっとくることでしょう
いまは、その大きな夢に向かって歩きだそうとしているところです。
最初の目標が目の前に見えている限り、その後ろにある目標は隠れて見えません。たとえそれが大きくても。
でもその、一つ目のゴールに到着してみると・・・次なる大きなゴールがどーんと姿をあらわすのです。
だからいまは、東大合格という一つ目のゴールを目指していちもくさんに走り続ければいいのです。
「学歴なんて関係ない」学歴の低い人が言っても説得力のないセリフです。東大生のあなたが言ってはじめて、意味を持ちます
いまがんばればがんばったぶんだけ、向こう側にある二つ目の目標が、もっともっと大きなものとなってあなたの前に立ちふさがります。
逆に言えば、その「たいしたことない」という東大入試にすらがんばれなければ、そのあともちっぽけなことしかできないということです
ヘンな言い回しになりますが、「ささっともがく」という感じです(笑)なんとなくわかってもらえたでしょうか。
ところでノーベル賞と言えばもう一人、サラリーマン受賞者の田中耕一さんがいましたね。そのことはまた別の機会にはなしましょう。





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