秋休み

小学生のころ、ぼくはある素朴な疑問を持っていました。
「どうして秋休みはないんだろう?」
春休み、夏休み、冬休みはあるのに、秋休みだけは、だれに聞いても、どこを探
しても見つかりません。ワンワンワワン。
「そんなものは存在しないんだ・・・」
ぼくはもうあきらめていました。宿題がなくて、しかも夏休みと同じくらい
長い秋休みというパラダイス
を。
しかし!
ついに見つけました!
アトランティス大陸よりもツチノコよりもすごい大発見です。
幻の秋休みとついに出会ったのです。
なんと、東京大学には秋休みがありました!
そのぶん、他の休みがないのでは?と、最初は疑ってかかっていましたが、よく
よく調べるうちに、そうではないことがわかってきました。
正真正銘の、プラスワンの長期休暇なのです。すごい!
筑波大学などでは高校のように、1年が3つの学期にわかれていますが、
東京大学では前期と後期の2つにわかれています。
で、前期後期それぞれの最後には期末テストのように、成績をつける試験がやっ
てきます。
前期の試験が終わると、秋休みのまえに、まずは1ヶ月ほどの夏休み
あります。
でも、一部の東大生は、あまり楽しめない休みとなるんですよね。
なぜなら、夏休みが終わっても試験をやることになる人もいるからで
す。
理科系の科目でそういうのが多いです。
しかも進学振り分け制度なるものがあるので、「試験なんて気にしない?」なん
て言っていられないのです。
ぼくは小学校のときの夏休みはきちんと計画(だけ(笑))をたててい
ました。
円グラフとか帯グラフとかで、一日24時間になってて、何時に起きて何時に寝
てとかいうの、よくありますよね。
7月の20日くらい、夏休み前になると漢字や計算のドリルが配られ、国語算数
理科社会のワークも勢揃い。
「こんなにいっぱい!?」と思いながらも宿題と言われたらやらないと、やるも
のだと思って一日何ページずつと、いちおう決めました。
でも一度、親にものすごく怒られたことがあったんですよ。小学校の
1、2年生のころだったでしょうか。
午前中はその宿題をやる時間と決めていたのに、当時大流行していた任天堂さん
ファミリーコンピューターをやってしまったのです。
出かけていた母親が帰ってくると、なんとぼくがテレビの前でスーパーマリ
オブラザーズ
をやって遊んでいるではありませんか!
突然血相を変えて怒鳴りだし、たんすのわきにぶらさげてあった「まごのて
」をひったくってぼくを叩きだしました。
狭い家の中を必死の思いで逃げ回るぼくを容赦なく追いかけまわしてつかまえ、
固い木の棒でひっぱたくのです!
その後の記憶はありません。おそらく、この忌まわしい体験は精神衛生上よろし
くないと脳が判断して消してくれたのでしょう。
・・・約束を守らないと危険な目にあうということを初めて知った夏で
した(笑)
それはともかくとして、いったん大学生になってしまったら、前ほどには夏休み
に勉強をしようとは思わなくなりました。
夏休みが終わりに近づき、次なる試験が間近に迫ってくるとようやく、おしりに
火がついて図書館にこもったりしたものです。
で、どうにかこうにか試験を乗り切ると、まってました!今度は本当のお休みで
す。
秋休みです!
さあ、なにをしよう?
一人貧乏旅行へ行く人、自動車の免許を取る人、アルバイト三昧の人、サークル
合宿で猛練習の人、インターネットにはまる人、政治活動にのめりこむ人、実家
に帰ってのんびりする人・・・
ほんとうにいろんな人がいます。
ぼくがおもしろいなあと思ったのは、一人でインドへ旅行に行ってきた
という人です。
しかも1ヶ月まるまるです。
悟りでも開きにいったのでしょうか?
帰ってきた彼を見ても、別段変わったところはないように思えました。
いや、でもそれは外見だけです。
一人で言葉も満足に通じない見知らぬ海の向こうの土地へ行き、こんなに長期間
滞在していたその体験は、心の中になにかを想起させるに十分なはずです。
きっとぼくの偏見ではないと思います、彼が精神的に成長していたように見えた
のは。
東大生は、受験勉強はできるけれども幼稚である、こどもっぽいとよく
言われますね。
もしかしたらインド修行へ行く前の彼もそうだったかもしれません。
それが今では大人びた風貌とともにその内面までも成熟し、落ち着いて堂々とし
た態度で充実した日々を過ごしているのです。
未開の社会では例外なく、少年期から青年期へ移行する儀式というもの
があると、社会学の授業で聞いたことがあります。
海外の風俗を紹介するテレビ番組の「世界ウルルン滞在記」などでも取り上げら
れていることがありますね。
たとえば、人の背丈ほどもある大岩をジャンプして飛び越えられたら、正式な大
人として認められる、とか。
バンジージャンプも、もともとはどこかの国の、成人の儀式だそうです
ね。
ふりかえって日本を見ると、そういうしきたりはほとんどすたれてしまいまし
た。かつては元服などの制度もあったのですが。
ということで日本の若者のモラトリアム期間(大人と子供の間のような状態にあ
る時期)は長いのだそうです。
でもぼくは、それは必然的なことだと思っています。
この日本は、原始社会のように単純な世の中ではすでにありません。職
業も星の数ほどあるし、手に入る知識は山のように膨大です。
なにを知り、どう考え、自分の進む道をどのようにするか・・・ひとまずの決定
をするにも、ある程度の長い期間が必要です
それなのに、「ニートはだめ、フリーターはだめ、はやく定職につきなさい」と
わめく外野の人がたくさんいる。
そんな言葉をまにうけて、あせって進路を決めてしまう人もけっこういるので
す。結局、自分の気持ちとの折り合いがつかず、やめてしまう。
それがかえって失業率を高めているのです。本当に納得のいく選択ができていれ
ば、こんなことにはならなかったはずです。
しかし、なんやかんや言う人たちも、大学生には何も言いません。勉強をしっか
りして、社会に出る準備をしているという認識があるからです。
せっかくそんな風潮もあることだし、大学生という隠れみのをまとい、充実した
モラトリアム期間をおくるべきです。
ご期待に添って勉強をしなきゃ、と思う事もありません。東大生にとっては、
学校の勉強もさることながら、遊びの勉強も大切なのです
なにもインドで修行とか歓楽街で豪遊とかでなくてもいいのです。いままでした
ことのなかったことを、一生懸命やればそれでいいのです。いや、それがいいの
です。
それが現代日本における、大人になるための儀式です。
すると自然に生きる知恵が身につきます。精神的に骨太になります。その成長し
たあなたが決断することは、あなたにとって常に正しい方向を示してくれます。

・・・なんていう偉そうなことを、ぜんぜん立派ではないぼくが言うのもおかし
な話ですが。
いや、決して、勉強したくないからへりくつをこねて遊ぶことを正当化しよ
うとたくらんでいる
わけではありませんよ(笑)
こんなふうに、秋休みというものは実はただの休みというだけではなく、
東大生の「大人への脱皮」に貢献しているものではないかと
いう気がします。
すごいですよ、一ヶ月間の自由。文科の学生なら夏休みと合わせて2ヶ月間。こ
んなことができるのは、人生においていまの時期しかありません。
なにものにもしばられない。全てをあなた自身が決めるのです。この、ある意味
では過酷な長期休暇を過ごした経験が、あなたを変えます。たとえなにもしなく
ても、それすらもあなたを変えないではおかないでしょう。
これが第2の転換期です。第1はもちろん、東大受験+東大合格。第1
の転換期をクリアすることで、第2へと進む力が備わったとみなされるのです。

「そんなのまだまだ先じゃんか」
そうですね、先のことです。でも、「まだまだ」ではありません。「ちょっと」
先なだけです。来年合格して、あっという間に秋休みになってしまいますよ。
楽しみですね、「あきやすみ
でも知らない人が聞いたら、「なにをふざけたことを!勉強しろ、働け!」と怒
り出しそうな単語です。怠惰であつかましい欲望から生み出された造語のように
見えますから(笑)
そんな特殊な「あきやすみ
あなたはどんなふうに満喫しますか?





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