きれいに書くな!

ノートをきれいに書くと試験で落ちます。
成績が下がります。
心も虫食まれます。
あなたはすべてを失って、たった一つだけが残ります。
それは、「きれいなノート」
これは悪魔との契約です。
悪魔のこんなささやきが、どこからともなく聞こえてきます。
「ノートはきれいに書くんだよ・・・」
悪魔は神出鬼没、まるで怪人二十面相のように、ありとあらゆる人物の姿を借りてあなたを誘い込もうとしてきます。
あるときは先生。「きみはもっときれいに書けないのかね。」
またあるときは親。「きちんと書かないとだめでしょ、まったく。」
友達。「おまえの字、汚くて読めねーよー。」
一番たちが悪いのは、あなた自身の心に入り込んでくることです。
あなた。「やっぱり、もっときれいに書いたほうがいいのかな・・・」
「通信教育で、ペン習字でもはじめようかな・・・」
なりませんっ!!
それではヤツの思うつぼです!
確かにきれいなノートは残るでしょう。
しかし、それ以外にいったい何が残るというのでしょうか?
目先の利益に目をくらませてはいけません。それがアイツの手口なのです。
「でも、きれいに書いたほうが読みやすいと思うけど。」
悪魔の口車にのってはいけません!
文字をきれいに書くですって?片腹痛いです。
そもそも、文字とはなにをするためのものか、思い起こしてみてください。
人類最古の文字は、エジプト文字でしょうか、甲骨文字でしょうか。それらはなぜ生まれたのでしょうか。
文字が誕生する以前、人々は口承で知識を伝達していました。
動物をうまく捕まえる方法、木の実がたくさん採れる場所、寒さのしのぎかた・・・
口伝えの情報は、蓄積されることがありません。
何世代にもわたって記憶が引き継がれることはありません。
あったとしても、ごく少量の情報しか伝えることができません。
ぼくがカラオケ屋さんでアルバイトをしていたとき、最初に店長から言われたことがあります。
「つねにメモ帳を携帯しろ。」
初めて働くことになったぼくは、右も左もわかりません。
いつも先輩のアルバイトさんや社員さんに聞いています。
それを、逐一メモ帳に記録しろ、と。メモをとりながら先輩の話を聞け、と。
なぜか?
かんたんです。忘れるからですね。
聞いたその場ではもちろん、覚えています。
しかも非常に具合が悪いことに、いま聞いたことをいつまでも覚えていられるかのような錯覚に陥ってしまうのです。
わからなくて、いま初めて習った。そしたら、わかった。よし、もう大丈夫。身に付いた。これからは平気だ・・・
落とし穴にはまります。覚えたつもりが、数日後にはすっかり忘れているのです。
そこでまた同じ質問を先輩にしようものなら・・・
このことを体験的に知っていて、それに関する対策を全従業員に徹底させようとした店長の教育方針だったのです。
ぼくはいまでも、メモ帳を肌身離さず持っているようにしています。
たいしたものじゃないです。ケーキ屋さんのおまけでもらった、ぺこちゃんとぽこちゃんの絵が書いてあるうすいメモ帳です(笑)
そしてふと思い出したこと、思いついたことをすぐ書き留められるようにしています。
このホームページで話すことも、メモしているんですよ。
ぼくがたまたま思いついた順番で話をすすめているので、ごちゃごちゃしているかもしれません、すみません。
だから、なにか話してほしいテーマがあれば、ぜひ教えて下さい。
あ、そういう話もあったなぁ、と思い出して話すことができますからね。
この前も、DHAの話をしたとき、続きはまたあとでと書いたのに、そのことを忘れて違う話をしてました(笑)
そんなとき、あれの続きを希望してくれた人からメールをもらったので、思い出してまた続きを話せたんです。
ちょっと脱線しましたが、メモ帳は役に立つよっていうことです。
人は、忘れる動物だからです。
記憶はあてになりません。
せっかく洪水の起こる周期に気がついた人がいても、その情報を確かな方法で残しておかなければ、次の人はまた氾濫した川の水で被害を受けてしまうのです。
また最初から、経験しなおして、そして同じような知識を得る。
でもそれも伝達されずに、また振り出しに戻る。その繰り返し。
だから文明の発達スピードは文字登場以降に比べて断然遅かったのですね。
しかし、その悪循環を断ち切った人がいた。
文字というものを考えた人です。
最初に文字を発明した人はだれなんでしょうね。ノーベル賞10個でもきかないくらいですね(笑)
その非凡な発明家のおかげで、いまぼくたちはこうして文章を読んだり書いたりできるんですね。
「そいつのせいで、受験戦争で苦しんでるんだー(笑)」
ということで、長かったですが、文字は、情報を伝えるため、残すために作られたのです。
これが本来の文字のあり方。
きれいに書いて、かっこよく見せるためのものでは断じてありません!
そう、わかればいいのです、なんて書いてあるか。
なんと書いてあるかがわからないものは、文字ではありません。文字を生み出した古代文明の賢者に謝罪してください。
文字は人類の英知です。意味を伝えるという当初の理念を忘れず、読み取れるものを文字として書いてください。
きたなくていいんです。丁寧に書かなくていいんです。ただ、意味が分かる。読み取れるだけでいいんです。それが本当の文字のあり方なのです。
「それはわかったけど、でも、ノートをきれいに書くって、文字のうまさだけじゃないじゃん。たとえば、色を使うとか、図をかくとか。」
そんなノートなら、場合によっては大歓迎ですね!
文字は汚く、でも色や図をかいて見やすくなっている。すばらしいです。
しかし!無条件にそれが奨励されるわけではありません!
忘れたころに、例のきれいノートの悪魔がやってきます。誘いに乗ってはいけません。
次なる手口とその対策については、また次回。お楽しみに!





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