K様からのお便り全文をご紹介しているページです

私は今年の三月で36歳になりました。
プロ野球で言えば、石井琢朗選手や谷繁元信選手らと同い年です。
受験生の方からすると「随分オジサンだなぁ」「ダブルスコア」と思われるでしょ
う。
今日はそんな私の苦労話(受験を中心とした)をさせて頂きます。
私が大学受験生(現役)であったのは、1988年(昭和63年)度なのです。
所謂「共通一次試験最終年度」でした。
当時この試験に参加したのは産業医科大学を除けば国公立ばかり。
今の時代からは考えられないでしょう。
当時私は文系クラスにいました。
当然国立第一志望で「社会:倫理・政治経済&世界史」「理科:地学」の選択でし
た。
ところが夏休みになり、「独学だけど理系を目指す!」と無謀にも決心をしたので
す。
(第一志望は東海大学理学部数学科でした)
さほどレベルの高くない理系学部を目指すとは言え、後半年になってからの無謀とし
か言えない「理系転向」、極力プレッシャーを避けるために担任の教師にも言いませ
んでした。
数学は「基礎解析」「代数幾何」「確率統計(確率の分野のみ)」は何とかなりまし
た(選択していたので)が、「微分積分」には苦労しました。
でも「クラス一の数学家」を自負する私としてはココで引き下がるわけには行かず、
猛勉強の結果、3ヶ月ほどでマスターしました。
問題はそれだけではなかったのです。
「100%理系転向は浪人の可能性もあるので文系も受けてみろ」との担任の助言(今
でも最も信頼しています)で社会に本格的に取り組みました。
しかし、「倫理・政経」では私立文系の試験科目には殆どなく、世界史は大の苦手で
した。
そこでまたも無謀に「地理」を独学でやり、三ヶ月で完璧に仕上げました。
お蔭で一次試験では「70点」が取れました。
ただ、他の科目の得点が伸び悩み、国公立の試験(二次)は全滅でした。

そんな私に最悪の状況が訪れてきました。
それは忘れもしません、平成元年2月3日の東海大学理学部数学科の試験日。
試験途中に気分が悪くなり、部屋を出た途端に数回嘔吐(かなり激しく)し、失神し
ました。
気がついたら、東海大学の5階の玄関に救急車が迎えに来ていました。
それに乗って学内の治療センターへ直行。
「取りあえず面接さえ受けてくれれば「補欠合格」「再試験」等の措置をとりますか
ら・・・」と言われましたが、フラフラで真っ直ぐ歩けない状況だったので、
「誠に申し訳ありませんが、また別の試験を頑張ります!」って事で東海大学の試験
は「不戦敗」のような結果に終わりました。
(どうやら急性胃炎を起こし、疲れがドッと出たようです)
結局残りの私学の試験、国立二次は惨敗の結果に終わりました。
「体調さえ良ければ・・」と幾度も悔やみましたが、後の祭りでした・・・

浪人一年目の6月、急に吐き気やめまいがするようになり、次第に自宅にこもるよう
になりました。
どうやら「パニック障害」「外出恐怖症」だったそうです(それと分かったのはつい
数年前)。
私がそんな症状を引き起こしている頃は近所に「精神科」「心療内科」なんてものは
なく、医者に通うこともしませんでした。
その病気の為、最終的に「3年浪人」しました。
健康なら現役、もしくは一浪で済んでいた筈。
家族と相談し、一時は大学進学そのものを諦める寸前まで行きました。
でも新聞で「大学に通信教育がある」事を知り、早速中央大学法学部の願書を取り寄
せ、入学手続きをし、入学しました。
しかし、家族を助ける為のバイトとの両立、うつ病の発症もあり、3年で中退しまし
た(在籍期間:’92年4月~’95年5月)。
大学を辞めた後、実家の引越しがあり、色々と考え事をしている時に「もう一度勉強
したい!」と思い、再び崇高の願書を取り寄せました。
「ココまで来たら再難関の慶応義塾に挑戦してやる」と無謀にも慶應義塾大学に願書
を提出しました。
志願理由やどんな学問をやりたいかなどを小論文形式で書きました。
結果、何とか合格通知を勝ち取る事が出来ました。
(ちなみに私の出身高校から初の慶応大生でした)
順調すぎるほど学習も進み、単位も取りまくり、何もかもが順調に思えました。
ところがまたあの「うつ病」に加え「不眠症」がやってきたのです。
年齢的にもあの当時ではもう20代後半ですし、学力に専念できる状態ではありませ
ん。
「仕事」「学習」の二者択一を迫られ、涙を流しながら「慶応大学中退」を選びまし
た。
仕事もありますが、もうこれ以上自分の体を犠牲にしたくなかったのです。
やむを得ない事でした。
しかし、その後トンでもない思いをすることになりました。
慶応大学通信教育部には当時(今は分かりませんが)「休学制度」というのがあり、
病気やその他の理由で勉学が続けられない人は「休学(学費はある程度払います
が)」し、また復帰して下さい、というのがその主目的でした。
私はこれを知った時「何故休学じゃなく退学したのか?」と何度も自分を責めまし
た。
せめて退学・病気の件を大学に相談しておけばよかったと・・・・
でも住んだ事は仕方ありませんでした。
(慶大の在籍期間:’96年4月~’99年2月)
その後はうつ病や不眠症も治り、仕事に生きる生活をしていました。

時折うつ病・不眠症とも闘いながら何とか仕事を続けていました。
そんなある日の事(’03年末)、私の人生を大きく変える出来事に遭遇しました。
「母親の複雑骨折」です。
(詳細な怪我の説明は省きますね)
主治医&研修医からは「手術をしてもお母様の助かる見込みより助からない危険性の
ほうが高い」と言われ、人生で最大のショックを受けました。
順調に続いていた仕事も辞め、母親の看病・リハビリに付きっ切りの生活を送るよう
になり、仕事どころではありませんでした。
その上、私には二人の弟がおり、何れも障害者となってしまいました。
「上の弟:「未熟児網膜症」で視力殆ど無し」
「下の弟:イジメが原因で引きこもりになり、その後精神疾患を発症し、現在は「統
合失調症」で長期の入院中。
そんな時、母親に「やっぱりもう一回勉強したい」と相談しました。
母親や弟の面倒を通じ、「俺の人生このまま終わって良いのか。やりたい事があるん
や。もう一回大学に入って歴史を勉強したい(戦国武将)」と感じるようになったか
らです。
恥ずかしい話、自分の貯金では足りず、親に学費を少し出してもらい慶応大学に出願
しましたが、「不合格」の通知を受け、色々探し回った結果、「東洋大学文学部日本
文学日本文化学科」に出願し、入学する事になりました。
今も「うつ病」「不眠症」と闘いながら、日々過ごしています。
現在は求職活動中で中々勉学にも手が回りませんが、このまま人生を終わるわけには
生きません。
絶対に沢山単位を取ってやる!という気概で頑張っております。
本来なら、東洋大学で卒業するはずですが、自分にとっての最大の後悔である「慶応
大学中退」にけりをつけるため、必要な単位を取ったら慶応大学の通信教育部に編入
しなおすつもりでいます。
東洋大学でも不満はありませんが、自分の過去にけりをつける意味ではやはり慶応に
入りなおすのが相応しいと思っております。
その後は皆さんと同じく「東大の大学院」です。
将来は歴史の大家になりたく思っています。

話は変わりますが、4月15~17日の日程で東京旅行をしてきました。
勿論自分の大学にも顔出ししましたが、ついで(失礼!)に本郷の東大にも行きまし
た。
16日(月曜日)は小雨の振る中でしたが、正門から堂々と構内に入りました。
色々見て回りたかったのですが、安田講堂前に着いたあたりから雨脚が強まったの
で、安田講堂近くの学食に入りました。
京大、京都産業大学の学食にも入った経験がありますが、ここの食堂はちょっと暗く
て狭い感じがしました。
「力うどん」を食べ、その後は東大の購買に立ち寄り、東大の名前の入ったストラッ
プとシャープペンを買いました。
その後は赤門から出てホテルへ帰りました。
東大に立ち寄れたのは今回の東京旅行の最大の思い出です。
汐留日テレやお台場フジテレビに行った事よりも・・・

最後になりましたが、皆様にアドバイスをしたく思います。
この読者の方々の多くは10代~20代前半でしょうか?
若い内は大胆にいろんなことにchallengeして下さい。
私のように後悔しまくりの人生ではダメですよ(苦笑)。
東大目指すのも良いでしょう。
もし如何しても東大にこだわるなら徹底的に勉強をやらないとダメです。
試験問題の難しさもありますが、いい加減に学習していると大学に入学してから苦労
しますよ。
あと東大を受ける方にはこの本をオススメします。
「そんなあのコは東大生(2007年度版)」。
(先日東大のショップに一冊だけありました)
東大を丸裸にした本です。
これを読めば益々東大に行きたくなる事間違いなし!
(私はTBSの岡村仁美アナの記事がよかったと思います)

それから試験の判定を気にする人がいますが、それ以上に「体調管理」にも気を付け
て下さい。
私の現役時代のようになったら最悪ですからね。
また大学を目指せる事も幸せです。
世間には諸事情から大学進学をあきらめる人が少なからずいらっしゃいます。
そんな人達から「今の大学生はさすがだなあ」と言われる学生になって下さい。
「人間やれば出来る」「迷わず行けよ!行けば分かるさ!」「明けない夜は無い」
「出口の無いトンネルは無い」「止まない雨は無い」・・・

これからも意見をするかもしれませんが、皆様宜しくお願いします。

(追伸)
受験生の皆様、旅行などで東京へ行かれる際は是非東京大学に立ち寄ってみてくださ
い。
東大ショップで東大グッズを買い、食堂で何かを食べればそれだけでも東大を目指す
思いが強まるはずです。
京大の場合は子連れのお母さんやお年を召した方々が学食や構内の喫茶に沢山おら
れ、ビックリしました。
東大の場合はどうなんでしょうか?





(K様からのお便りに関連して、MTさんからのお便りをご紹介します。)

はじめまして、MTと申します。僕は、千葉県に住む高校3年生で、東京大学の理Ⅰ/Ⅱ
を目指しています。
いつもメルマガを拝読して毎回載っていることを参考にしてやる気にさせてもらって
ます。
そのうちとりわけやる気を奮い立たせられたものがあったので、お便りさせていただ
きました。

先日、K様からのお便りをメルマガで読ませてもらい、すごく大きな衝撃を受けまし
た。
大きな障壁を常に目の前にしながらも、自分の希望を見失わず、頑張り続けていらっ
しゃる人がいるんだ!ということを知り、感動しました。
僕の今の努力では到底及びません。K様みたいに大きな大きな壁があるかの様な努力
をしてみたいと思い、決心しました。

ところで、僕はまだ現役の高校3年生ですが、すでに2度も勉強の腰を折られていま
す。
自然気胸という病気で、外傷などによるものではなく、ストレスなどが原因で「自然
に」肺に穴が開いてしまい、肺胞の外に空気が漏れてしまい呼吸困難になるもので
す。
高校1年の夏、私は父の仕事の都合で行っていたアメリカから帰国し、1年半の勉強の
遅れを取り戻すために少しずつ勉強を加速させていきました。
ところが完全に軌道にのったところで、寝る前や、15分以上歩いたりする時に心臓が
バクバクして息切れがしすることがひどくなり、これはもやは正常じゃないと思い、
近くの大学病院にいったら、左肺の自然気胸と診断され、そのまま車椅子に乗せられ
て入院病棟に入りました。
入院してむしろ自分の時間が増えると思いきや、漏れた空気を出すために肋骨の間か
ら入れた管が背中に内側からあたり、すごく痛くて、当時大学受験をまだ意識してい
なかった自分は意思が弱かったせいか全然勉強をしませんでした。
そして一度は自然治癒して退院したものの、すぐに再発して結局全身麻酔の手術を受
け、約1ヶ月も学校の授業に出れませんでした。
すっかり腰を折られ、勉強癖がなくなってしまった後、年明けから予備校に通い始
め、またすこしずつ勉強をして、ついに学校の定期テストで平均点を越えたので、帰
国した時からテストで平均のったら部活に入る!という希望をかなえました。
結局自分の勉強と、部活と部活内の人間関係を両立させることに体力の限界を感じ、
先輩たちが6月に引退した次の日に部活をやめましたが、しばらくしたら勉強がさほ
ど続かなくなり、秋には「たらたら勉強する」、くらいになってしまいました。
そこでまた心機一転させて、頑張ってガンガン勉強するようにしていき、「今の自分
はキテる!」と思った1月のある日、友達と話していたら急に右肺が痛くなり、すぐ
に家に帰り次の日病院に行ったら右肺の自然気胸といわれ、入院しました。
全身麻酔の手術をして2週間ほどで治しましたが、やっぱり胸と背中が痛く今回は管
が入っているのが利き手側ということもあり、結局勉強は全然できずに終わってしま
いました。
このとき入院する直前、数学参考書を一冊仕上げると決めて、後1,2週間くらいで
終わる!と思ってたところで勉強ができなくなったので、入院の打撃も大きく、ま
た、右腕を上げると痛くて力も全然入らなかったので、フラフラしているだけの生活
になってしまいました。
退院から3ヶ月経った今はすっかり身体の調子はよくなり、勉強に支障のある状態で
はなくなりました。
しかし、また身体にストレスがかかると自然気胸になるかもしれないという心配と
(内視鏡手術しても再発率は片肺で10%です)、4月になり予備校に今までいな
かった人が入ってきて、ずっと自分の勉強場所にしてきた談話室のような場所の環境
がガラッとかわってしまったのもあり、未だ勉強が軌道に乗らずにいます。(談話室
の環境が変わったから以前のように勉強できなくなってしまったのもあるかも知れな
いというのも、つい最近チューターと相談していたら気づいたことなんです
が・・・)

きっとK様のお便りを読んだ後僕のこの話を読むと、言い訳の塊のように見えるかと
思います。
自分でもそう思いました。
そのときそのときの自分は結構がんばってたつもりでも、K様のお便りを読んでまだ
まだだと思いました。

限界の自分にすら達していないのに東大に落ちるのは絶対に御免です。
悔しいなんかじゃ済みません。
栄養をしっかりとって、体力強化をするとか、なんとかして体調・体力を維持しなが
ら限界を超えることをやって見せたいです。


長文、駄文、失礼いたします。
K様、サトルさん、今後のご活躍を心から願っています。
東大の大学院でお会いすることがあればどうぞよろしくお願いします!


MT

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